砂糖以前のクッキー
現代のクッキーの直接の祖先を探ると、紀元前7000年頃のイランにたどり着く。当時の人々は小麦粉と水を混ぜて薄く伸ばし、熱した石の上で焼いていた。これは現代のクラッカーに近いものだったが、甘くはなかった。甘さをもたらしたのは蜂蜜だ。古代エジプトでは蜂蜜入りの焼き菓子が神への供物として使われており、紀元前1300年頃のパピルスにそのレシピが記録されている。
砂糖の革命——7世紀ペルシャ
クッキーの歴史を大きく変えたのは、7世紀のペルシャ(現在のイラン)における砂糖精製技術の発達だ。サトウキビはインド原産で、紀元前から東南アジア・インドで栽培されていたが、固形の砂糖を精製する技術はペルシャで完成した。
ペルシャの菓子職人たちは、精製砂糖を使って小麦粉・アーモンド・バラ水・スパイスを組み合わせた精巧な焼き菓子を作り始めた。これが現代のクッキーの直接の祖先だ。ペルシャ語で「ケーキ」を意味する「كيك(ケイク)」という言葉は、この時代に生まれた。
イスラム帝国の拡大と菓子文化の伝播
7〜9世紀にかけてイスラム帝国が急速に拡大すると、ペルシャの菓子文化も帝国とともに広がった。北アフリカ、イベリア半島(現在のスペイン・ポルトガル)、中央アジアにまで砂糖と菓子の技術が伝わった。
8世紀にイスラム勢力がイベリア半島を支配した時代(ムーア人支配)、スペインには「アルファホール」「ポルボロン」などの焼き菓子文化が根付いた。これらは現在もスペイン・ポルトガル・中南米で愛されている。
十字軍と東方の香辛料
11〜13世紀の十字軍遠征は、ヨーロッパの菓子文化に革命をもたらした。中東遠征から帰還した十字軍兵士たちが、シナモン・ナツメグ・生姜・クローブなどの香辛料をヨーロッパに持ち帰ったのだ。
これらの香辛料は当初、薬として使われたが、やがて菓子の風味付けに使われるようになった。ジンジャーブレッドクッキーの原型はこの時代に生まれ、中世ヨーロッパの市場では薬屋と菓子屋が隣り合って営業していた。
大航海時代と保存食としてのビスケット
15〜17世紀の大航海時代、ビスケットは重要な航海食として発展した。長期航海では食料の保存が生死に関わる問題であり、水分を極限まで減らした硬いビスケットは数ヶ月間保存できた。
ポルトガルの航海士たちは「パン・デ・ロー」と呼ばれる保存食ビスケットを携行し、これが日本に伝わって「カステラ」の原型になったという説もある。コロンブスの船にも大量のビスケットが積み込まれており、アメリカ大陸発見の陰にビスケットありと言っても過言ではない。
産業革命とクッキーの大衆化
19世紀の産業革命は、クッキーを貴族の食卓から庶民の食卓へと解放した。蒸気機関を使った製粉技術の向上により小麦粉が安価になり、砂糖も植民地からの輸入拡大で価格が下落した。1851年のロンドン万博では、機械製造のビスケットが展示され、大量生産時代の幕開けを告げた。
1912年、ナビスコ(当時はナショナル・ビスケット・カンパニー)がオレオを発売。2枚のチョコレートクッキーにクリームを挟んだこの菓子は、現在も世界で最も売れているクッキーとして君臨している。年間販売数は約400億枚、積み重ねると月まで届く高さになるという。