砂糖と植民地主義の不可分な関係
現代のクッキーに欠かせない砂糖。しかし、砂糖が庶民の食卓に届くようになった背景には、16〜19世紀の植民地主義と奴隷制度という暗い歴史がある。
16世紀以前、砂糖はヨーロッパでは「白い金」と呼ばれる超高級品だった。1キログラムの砂糖が現代の価格で数万円に相当した時代もある。この砂糖の価格を劇的に下げたのが、カリブ海・ブラジル・インドなどの植民地でのサトウキビ大規模栽培だ。
カリブ海のサトウキビプランテーション
17〜18世紀、イギリス・フランス・スペインはカリブ海の島々(バルバドス、ジャマイカ、ハイチなど)にサトウキビのプランテーションを建設した。この労働力を担ったのが、アフリカから強制連行された奴隷たちだ。
推定1,200万人以上のアフリカ人が奴隷として新大陸に連れてこられ、その多くがサトウキビ農場で過酷な労働を強いられた。この奴隷労働によって砂糖の生産コストが劇的に下がり、ヨーロッパの庶民も砂糖を買えるようになった。つまり、18〜19世紀のヨーロッパで菓子文化が花開いた背景には、植民地での奴隷制度があった。
インドと砂糖の歴史
砂糖の原産地はインドだ。サンスクリット語の「シャルカラー(śarkarā)」が「シュガー(sugar)」の語源で、インドでは紀元前から砂糖が精製されていた。イギリスによるインド植民地化(18〜19世紀)は、インドの砂糖産業を大きく変えた。
イギリスは自国の砂糖産業を保護するため、インドからの砂糖輸入に高関税をかけ、インドの砂糖産業を衰退させた。一方でインドのサトウキビ農場はイギリスの利益のために利用された。マハトマ・ガンジーが1930年に行った「塩の行進」は塩税への抵抗だったが、砂糖税への抵抗運動も同時期に起きていた。
現代への影響——フェアトレードの文脈
植民地時代の不公正な砂糖貿易の遺産は、現代のフェアトレード運動に繋がっている。フェアトレード認証を受けた砂糖は、生産者(多くは旧植民地の農家)に適正な価格が支払われることを保証する。
フェアトレードのクッキーやチョコレートを選ぶことは、単なる「良い消費者」の行動ではなく、植民地主義の歴史的負債を認識した上での選択だ。現代の菓子消費は、知らず知らずのうちにこの歴史的文脈の中に位置づけられている。